2015年8月26日水曜日

Symphonie Fantasique - H.Berlioz

幻想交響曲である。

どちらかというと、「覚夢交響曲」の略といったほうがいいのでは……

とにかく、サイケな曲である。
一度聴いてしまうと中毒になってしまうのは麻薬に近い。

曲については、僕がなんか言うよりも
wikipediaでも御覧くださいという感じである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/幻想交響曲


第4楽章の冒頭、
ティンパニがちゃんと解像することに少しこだわりがあるのだが、
それを通り越して、このシャルル・ミュンシュの演奏はよい。
1954年版と、1967年盤があり、僕は1967版をおすすめしたい。
1954のボストン響との演奏もよい。
1967年は、パリ響とのものである。
他にも、GardinerMonteuxEschenbachNorringtonなどがよいと思う。

なお、小さなティンパニの音を解像させるのはすごく難しいのだ。
コントラバスのピチカートにかき消されるしね。
それをProms2013のMariss Jansonsとかでは解像させているので
すごいなーBBC、とか思う。

打楽器の活躍がみどころ。
というかみんな活躍するんですよこの曲。
ハープも出てくるし(謎


1967年盤


なお、さらに蛇足をつづけるなら、5楽章の(地獄の)鐘の音については
多様な解釈がありえるので、そこも聞き所。かも。

オーマンディ/フィラデルフィアもいいね(紹介しすぎ)。

2015年8月15日土曜日

Fantasie c-moll KV475 - W.A.Mozart

8:50からの展開を聴きたいためだけに、この演奏を聞くことが多い。

Kristian Bezuidenhoutは、そこまで僕の感覚に合うわけじゃないのだけれど、
この演奏に関しては、好きだなぁ。

ハ短調とニ長調の移り変わりを楽しんでほしい。

2015年8月14日金曜日

Paulus Op.36 - F.Mendelssohn

PCが壊れて、しばらく連載を休んでいた。
近々、モーツァルト祭りをやる予定。


今日紹介するのは、また2時間くらいかかるやつだ。
全くどうしてそういうのばっかり紹介するのか……

メンデルスゾーンは、20歳のとき、マタイ受難曲の復活演奏をしている。
26歳で作曲されたこの曲についても、バッハの影響を色濃く感じることができる。





Richard Hickox指揮
BBC National Orchestra of Wales
Susan Gritton (sop); Jean Rigby (mez); Barry Banks (ten); Peter Coleman-Wright (bs)
BBC National Chorus of Wales

2015年7月1日水曜日

Sonata for Violin and Harpsichord in D-Major, HWV 371 - G.F.Handel

ヘンデルのヴァイオリン・ソナタってどんな曲?
と言う話題が出たので、
この際貼ろうと思いました。

ハープシコードは、僕の好きなWilliam Christie。
いいね。
ヴァイオリンは、Hiro Kuroasakiというオーストリア人ですね。
ChristieとLes Arts Florissantsで一緒にやっています。


2015年6月25日木曜日

Salut d'amour - E.Elgar

愛の挨拶。
最高の演奏だと思う。

プシホダです。友人が紹介してくれました。

https://www.youtube.com/watch?v=D0KE1Dxcu4w

こういう演奏して告白したい?

2015年6月18日木曜日

Piano quintet in E-flat Major Op. 44 - R.Schumann

ルビンスタインのシューマン五重奏。
これは重めの演奏で、こういうのもありだなと思う。

一方で、Piresの録音のように(ネット上にはなかった)
軽くするのもありだと思う。
僕はPiresの方を支持する。


最後の最後に、Bach風のフーガで
主題がやってくるのが好き。

Sonata in A minor Op.5 No.7 / Op.9 No.4 - J.M.Leclair

誰だ、室内楽で行くとか言った奴は。

今日はでも珍しく(?)ヴァイオリン・ソナタですよ。
ルクレールのヴァイオリン・ソナタ。作品5、第7番。
弾いているのは、スタンデイジ。

楽器の音色にも注目してほしい。
わたしは5-7は3楽章がいいとおもうのよ。
9-4は全般によい。


2015年6月15日月曜日

Piano Trio No. 4 in E Minor "Dumky", Op. 90, B. 166 - A.Dvořák

15日ですね!
戻ってまいりました。

いやはや、2ヶ月とか経つの早いですね。
できればまた連載をしていきたいのだけれど、
いつまでつづくかなー。

ということで、今日からまたよろしくお願いします。


直近では、(自分のために)ちょっと室内楽を充実させようと思っています。
ドヴォルザークは、以前弦楽四重奏曲13番を紹介しましたが、
今回はピアノトリオですね。
ドヴォルザーク、アメリカに行く前年の作品です。
民族音楽「ドゥムカ」をモチーフにした、6楽章構成の音楽。

ドヴォルザークにとって、「民族音楽」を通して見るアメリカは、
面白かったでしょう。
渡米してからわずか8ヶ月後には、
「黒人の旋律の真の価値」と題する論文が提出されています。


2015年4月6日月曜日

2015年4月1日水曜日

Oster-Oratorium, BWV249 - J.S.Bach

BWV248とばして249だよ!
初演が1725年の4月1日日曜日なのです。
なので、2015年のイースターはあと4日だけど、フライング。

さすがにこの先、バッハのオラトリオは弾切れです。
ちょっと当分やらなくていいかなと思っている。

(日本語の解説が見当たらなかったのでちょっと解説。)
この曲は、シモン・ペテロ(テノール)と使徒ヨハネ(バス)がイエスの墓に急ぎ、
イエスの墓が空になっていることを見つけるところからはじまる。
そしてそこでマグダラのマリア(アルト)とクロパの妻マリア(ソプラノ)とであい、
イエスの復活を喜び、不在をかなしみ、最後に称賛して終わる。

Ton Koopmanの録音と迷ったけれど、Gardinerの方を紹介するよ。


2015年3月31日火曜日

Markus-Passion, BWV247, J.S.Bach, Reconstructed

BWV248まで行くとクリスマスになってしまうんでね、とりあえずこれでシリーズはおしまいです。

マルコ受難曲。
存在は確認されているけれども、全貌は発見されておらず、不明です。

この演奏はTon Koopmanが振っています。


2015年3月30日月曜日

Lukas-Passion, BWV246 - Anon. attr. J.S.Bach

いやーほんと受難続きですね―。
(そろそろわかってきたと思いますがもうちょっとだけ続くんじゃ

バッハ作とされてきて、旧バッハ全集には掲載された
この作品ですが、いまではバッハ作とはされておらず、
誰の作品かは宙ぶらりん状態です。

自筆譜はあり、演奏されただろうことは確かなのですが、
本人作ではなく、誰かの作品を演奏のために
写譜したのだろう、と近年は考えられています。

一部にはバッハのメロディが加えられています。


2015年3月29日日曜日

Johannes-Passion, BWV245 - J.S.Bach

受難続きです。
このノリントンの新しい演奏は本当に面白いと思います。
僕の知っている録音中では最速で終わります。

2015年3月28日土曜日

Matthäus-Passion, BWV 244 - J.S.Bach

僕の最も好きな曲です。(復活祭の4/5が待てなかった)

ぼくにとってもっとも良い演奏は、
2012年のサントリーホールでの、ビラー指揮の演奏(2008年はクソ)と、
1997年の武蔵野市民文化会館での、ヘルマン指揮・マタイ研究会の最終公演(音楽監督・井形氏の追悼公演)。
後者は僕がはじめてマタイを聞いた機会であり、
つまり出会いがもっともよい演奏だったのだ。

ビラーの演奏は、この動画でその片鱗を知ることができる。


昨日わざわざメンデルスゾーンにしたのは、
この曲を「再発見」したのがメンデルスゾーンだからなのだけれど、
なんか書き始めたらそんなことすっかり忘れてました(追記


さて、今日の動画なんですけれど、
埋め込みが禁止されている上に
政治的(と僕が思える)メッセージにあふれているので
気分を悪くする方もいらっしゃると思います。
演奏自体は良いです。
例によってKuijkenです。
Kuijkenは楽器でなく振るほうが向いていると思います。
https://www.youtube.com/watch?v=woZwsmIRVnA

2015年3月26日木曜日

2. Klaviertrio - F.Mendelssohn

メンデルスゾーンのピアノトリオ2番。
この曲やろうと思って録音探しているんですけれども、
いいものがなかなかない。

いいなと思ったのは
オイストラフトリオか、ヨーヨーマのトリオかと言う感じ。

でも、それを差し置いて最も良さげだと思ったのが
以下のやつです。
やっぱりピリオド楽器が好きなんだなーーー←



2015年3月25日水曜日

Messiah - G.F.Handel

演奏は、Les Arts Florissants。
会場は、初演の場であったダブリン。
すみからすみまで、魅力的な演奏です。


2015年3月21日土曜日

Sumer Is Icumen In - Anonymous

また埋め込みができないのです。
サイトに移動して見てね。
「夏は来たりぬ」


13世紀中期~後期のイギリス音楽の生き残り。
以下歌詞です。
それまで5度を重ねていた音楽に対して、
3度を重ね始めたのである。

以下、楽譜と歌詞である。
いくつかの歌詞が重ねられて歌われる。
それはたとえば以下のようなものである。
中世英語だけれど、内容は想像つくだろうか。

1.
Sumer is icumen in,
Lhude sing cuccu!
Groweþ sed and bloweþ med
And springþ þe wde nu,
Sing cuccu!
Awe bleteþ after lomb,
Lhouþ after calue cu.
Bulluc sterteþ, bucke uerteþ,
Murie sing cuccu!
Cuccu, cuccu, wel singes þu cuccu;
Ne swik þu nauer nu.

2.
Sing cuccu nu. Sing cuccu.
Sing cuccu. Sing cuccu nu!



聞いてみましょう。
「カエルの歌」!(え
https://youtu.be/sMCA9nYnLWo

2015年3月20日金曜日

L'Orfeo - C.Monteverdi

昨日に引き続き、モンテヴェルディです。
最初期のオペラ、「オルフェオ」ですヨ。
昨日とはじまりが同じだヨ!

オルフェオの物語は、日本神話で言う
イザナギとイザナミの物語の振り向くあれに
近いですね。
でももっと喜劇です。

指揮者も同じだよ!

2015年3月19日木曜日

VESPRO della Beata Vergina - C.Monteverdi

聖母マリアの夕べの祈り。

モンテヴェルディは、バロック最初期の作曲家で、
耽美的なルネサンスから、よりドラマチックな感情表現への
道を切り開いた作曲家である。

モンテヴェルディによってその後のバロック音楽の行く先が
決定づけられたと言っても過言ではないかもしれない。

ルネサンス音楽っぽい音楽と、
バロックらしい音楽のパートがあるので、それぞれ対比させて
楽しむのも面白いかもしれない。

指揮は、Jordi Savall。

2015年3月18日水曜日

Messe in H-Moll, BWV 232 - J.S.Bach

ロ短調ミサです。
わたしが二番目に良いと思っている録音を紹介するぞよ。
冒頭六曲だけみたい。
こんど一番の録音も紹介します。


2015年3月17日火曜日

Suite en ré majeur, TWV 55 D:18, G.P.Telemann

ヘンデルやバッハと親交が深かったテレマン。この人の曲も、僕は好きです。
この時代、もっともひろく音楽を理解していた人物のひとりではなかったか。

テレマン、早いのも遅いのもよろしくてとても好き。

演奏しているのは、ベルリン古楽アカデミー。
ついでに言うと、聞き所はバロックトランペット。

Concerto per Due Trombe, archi e basso continuo in Re maggiore, F.Manfredini

ちょっとだけバロックトランペットにはまってるんですよ。
というわけで、そういう曲をご紹介。
イタリアバロックですよ!


2015年3月15日日曜日

Mass for Four voices - W.Byrd

古いイギリス音楽も良いもので、
これはウィリアム・バードの作品。
あとちょっぴりおまけも付いとるぞよ。

タリス・スコラーズの演奏をおたのしみください。

2015年3月14日土曜日

Requiem in c - L.Cherubini

ケルビーニのレクイエム。
ルイ16世の死に対してつくられた。

作られた当時の評判はものすごいものだった。

そういえば、2日前にマルティーニを紹介した。
マルティーニは、対位法の教科書を書いていて、そこに
謎かけをしていた。
その謎をすべて解いたのは、このケルビーニなんだよね。たしか。

ケルビーニは室内楽も面白いので紹介したい。

2015年3月13日金曜日

Symphony Nr.9 - L.v.Beethoven

第九!
ガーディナー!
第九!

えっと、終演まで1時間かかりません。
もっともベートーヴェンだと僕は思っているのですがどうでしょうか。


2015年3月12日木曜日

Sinfonia con 4 trombe - G.B.Martini

マルティーニは、モーツァルトの師匠で、この時代のすごいひとですね。
音楽理論を極めた人。

バロックトランペットのことを昨日とりあげたので、関連で。

こんな曲もあるのかということで、ここはひとつ(
もうちょっときっぱりしている演奏のほうがもしかしたら面白いかもしれないですね。

2015年3月11日水曜日

Song (In Memoriam Bengt Eklund) - F.Rydland

吹奏楽系には疎いので、
あまり紹介はしないと思うんだけれど、
こんな優しい曲を見つけてしまったので。

Bengt Eklundは、バロックトランペットで有名な
Niklas Eklundのお父さん。こちらもトランペット奏者でした。
2007年死去。


2015年3月10日火曜日

Konzert Nr.20 in d, KV446, W.A.Mozart

モーツァルトのピアノ協奏曲20番。
小学生の時から好きな曲だ。

ベートーヴェンは、1795年、25歳の3月31日に、ブルク劇場で
この曲を披露し、華々しくウィーンでのデビューを飾っている。

それで、今日の録音としては、ベートーヴェンによるカデンツァを
使っている、ゼルキンのものを選んでみた。
たまに声が入るけれど慣れてね。

この曲のカデンツァは、ブラームスも書いている。

いまでこそモーツァルトはその殆どの曲が知られているが、
19世紀後半までは、このピアノ協奏曲20番以外は
忘れられていたといってもよい。
モーツァルトの曲で唯一、時代を通して生き残りつづけた曲なのである。


2015年3月9日月曜日

Can vei la lauzeta - Bernart de Ventadorn

今日は一気に時代をさかのります。

12世紀の音楽。
ルネサンスのさらに前。中世ですね。

宮廷文化の中から、詩人や音楽家が生まれ、
それらは世俗音楽を作っていました。

この曲はオック語という、南フランスの古い言葉で歌われています。
これを作ったベルナルト・デ・ヴェンタドルンは、
オック語の歌い手であった。
オック語の歌い手のことを、トルバドゥールといいます。
この形式の音楽はやがて北フランスに広まり、
そこで北フランスの古い言語、オイル語の音楽が作られるようになりました。
その歌い手をトルヴェールといいます。

トルバドゥールの音楽は、そのほとんどが十字軍の蹂躙によって
破壊されてしまっています。
が、18点のみが楽譜として完全な形で残り、旋律が伝えられています。


さて、この歌は、こんな内容を歌っています。

     « Can vei la lauzeta mover ... »
     陽 の 光 を 浴 び て 雲 雀 が ......


   Can vei la lauzeta mover
   De joi sas alas contra’l rai,
   Que s’oblid’ e’s laissa chazer
   Per la doussor c’al cor li vai,
   Ai ! Tan grans enveya m’en ve
   De cui qu’eu veya jauzion !
   Meravilhas ai, car desse
   Lo cor de dezirer no’m fon

   陽の光を浴びて 雲雀が
   喜びのあまり羽ばたき舞い上がり、
   やがて心に広がる甘美の感覚に
   われを忘れて落ちる姿を見るとき、
   ああ ! どれほど羨ましく思えることか
   恋の喜びに耽る人びとの姿が !
   われながら訝(いぶか)しく思える、その一瞬
   渇望にこの胸がはり裂けぬは何故か

   Ailas ! Tan cuidava saber
   D’amor, e tan petit en sai,
   Car eu d’amar no’m posc tener
   Celeis don ja pro non aurai.
   Tout m’a mon cor, e tout m’a me,
   E se mezeis e tot lo mon;
   E can se’m tolc, no’m laisset re
   Mas dezirer e cor volon.

   ああ ! 愛に詳しい自分だと信じて
   いたのに、知らぬことの何と多かったことか、
   愛して甲斐のないひとを
   なお愛さずにはいられない。
   あのひとは 私の心を、私の存在を、
   あのひと自身を 全世界を取り上げて ──
   私から逃れ去る、あとに残したものは
   渇望と 恋に焦がれる心だけ。

   Anc non agui de me poder
   Ni no fui meus de l’or’ en sai
   Que’m laisset en sos olhs vezer
   En un miralh que mout me plai.
   Miralhs, pus me mirei en te,
   M’an mort li sospir de preon,
   C’aissi’m perdei com perdet se
   Lo bels Narcisus en la fon.

   もはや自分に何の力も持てなくなった
   自分でありながら自分ではなくなった
   私を惹きつける鏡 あの眼を
   あのひとが覗きこませた瞬間から。
   鏡よ、お前のなかに映る自分の姿を見て、
   深い溜め息が死を招きよせ、
   かくしてわが身は破滅
   美しいナルシスが泉で身を滅ぼしたように。

   De las domnas me dezesper;
   Ja mais en lor no’m fiarai;
   C’aissi com las solh chaptener,
   Enaissi las deschaptenrai.
   Pois vei c’una pro no m’en te
   Vas leis que’m destrui e’m cofon,
   Totas las dopt’ e las mescre,
   Car be sai c’atretals se son.

   ご婦人がたには絶望した ──
   もう二度と信じてなるものか ──
   かつて熱を上げていたその分だけ、
   冷たくあしらわずにはおくものか。
   私を破滅させ打ちのめしたひとを相手どり
   こちらの味方をしてくれる女は皆無、
   女はみな恐ろしい みな信じられぬ、
   知っているとも 女はみな似たり寄ったりだ。

   D’aisso’s fa be femna parer
   Ma domna, per qu’eu’lh’ o retrai,
   Car no vol so c’om voler,
   E so c’om li deveda, fai.
   Chazutz sui en mala merce,
   Et ai be faih co’l fols en pon;
   E no sai per que m’esdeve,
   Mas car trop puyei contra mon.

   わがマドンナも、その点では所詮は女人
   それゆえ私はあのかたを責め申す、
   なぜなら 望むべきではないことを望み、
   禁じられたことをやってのけられる。
   私は寵を失った 馬を下りずに橋を渡る、
   うつけ者さながらに振る舞った ──
   何故そうなったか自分にも分らぬ、
   あまりの高みに はいあがろうとしたためか。

   Merces es perduda, per ver,
   Et eu non o saubi anc mai,
   Car cilh qui plus en degr’aver,
   Non a ges, et on la querrai ?
   A ! Can mal sembla, qui la ve,
   Qued aquest chaitiu deziron
   Que ja ses leis non aura be,
   Laisse morrir, que no l’aon.

   まことに、情は失われていた、
   私には何も分かっていなかった、
   情のもっともあるひとにそのかけらもなく、
   さて一体、どこをどう探したものか ?
   ああ ! あのひとを見て誰が信じられよう、
   この哀れな恋い焦がれる男
   あのひとなしには救われぬこの男を、
   むざむざ、見殺しにするなどと。

   Pus ab midons no’m pot valer
   Precs ni merces ni’l dreihz qu’eu ai,
   Ni a leis no ven a plazer
   Qu’eu l’am, ja mais no’lh o dirai.
   Aissi’m part de leis e’m recre;
   Mort m’a, e per mort li respon,
   E vau m’en, pus ilh no’m rete,
   Chaitius, en issilh, no sai on.

   哀訴も空し 憐れみを乞うも 権利を言いたてるも
   わがマドンナには何の巧も奏さず、
   そもそも私の愛がお気にめさぬ以上は
   もう二度とあのひとには愛を口(くち)にすまい。
   それゆえ離れよう 愛を断とう ──
   死を望むからには、死をもってこたえる、
   引き留められぬからには、哀れな男は出よう、
   さすらいの旅、行方も、知れぬ旅に。

   Tristans, ges non auretz de me,
   Qu’eu m’en vau, chaitius, no sai on.
   De chantar me gic e’m recre,
   E de joi e d’amor m’escon.

   トリスタンよ、もう何も私から受け取りますまい
   哀れな男は出る、行方も、知れぬ旅に。
   歌はやめた 歌を諦めた、
   愛と喜びから身を隠すのみ。


恋のうたですね。
トリスタンというのは、あの「トリスタンとイゾルデ」のトリスタンで、
このものがたりも、この頃南仏でまとめられたといいます。
この歌があることによって、この新しい物語が、
この地域ですでに共通理解となっていたことがわかります。


2015年3月8日日曜日

Sonata Pour Piano et Violin en La majeur - C.Franck

フランクのヴァイオリン・ソナタです。

この曲は弾いたことこそないですが、
思い出深い曲です。

3つ思い出がありますが、どれも、
大切な友人が節目の時に
弾いていた、という思い出ですね。

イザイというヴァイオリニストの結婚式のため、
献呈された曲だそうですから、
そんな思い出も、きっと偶然ではないのでしょうね。

埋め込みができない動画のため、
youtubeで視聴していただければと思います。

ギトリスとアルゲリッチは、1998年の録音もありますが、
僕はこの1976年の録音が好きです。
https://www.youtube.com/embed/dIncTJ-vrpg

2015年3月7日土曜日

Arie auf G - J.S.Bach / arr. A.Wilhelmj

Jaques Thibaudを紹介したいがためのこの録音です。

G線上のアリア。きのう有名曲紹介したんでね。今日も有名曲と。

ヴァイオリニストにかぎらず、演奏家というのは、その技巧が
賞賛されることが多いですね。
しかも、すごく速く弾くとかそういうこと。
それもすごいことなのだけれども、技術というものの本質は、
音楽を表現するための手段である。
つまり、技術は従であって、音楽が主なわけです。

このG線上のアリアのような曲では、
その音楽をどうしたいか、ということが見られるわけですね。

演奏者としては、このような曲にこそ、緊張を強いられると思います。

2015年3月6日金曜日

Kanon und Gigue in D - J.Pachelbel

Kanon und Gigue in D-Dur für drei Violinen und Basso Continuo

日本人ミンナダイスキ カノンさんですよー!
こういう演奏は珍しく感じるのではないか、とおもって
共有しますが、
一般的な人々ってどのくらいパッヘルベルのカノン聞くんだろうね。


ところで、ジーグには田園的なにおいがまだまだ残っていてそれがよい。


2015年3月5日木曜日

CONCERTO in Sol minore, RV531 - A.Vivaldi

CONCERTO in Sol minore
per 2 Violoncelli, Archi e Cembalo

2つのチェロと通奏低音のための協奏曲。
ヴィヴァルディの曲で最高だと僕は思う。

動画にはふたつの録音が入っている。
同じグループのものだが、前半と後半でとても異なりおもしろい。

僕は前者のほうが好きだ。
バロックは疾走感があるべきだと思っている。


2015年3月4日水曜日

Agnus Dei - S.Barber

バーバーの「神の子羊」。

同時多発テロ以降、有名になったと思う。
いい曲なので聞いてください。(最近書くことがない

2015年3月3日火曜日

Requiem in d, KV626 - W.A.Mozart

モツレク!
言わずと知れた曲だと思います。

なので、ここは好きな録音をバーン!
と紹介して
終わりたいと思います。
この曲の細かいことはいずれ、別の機会にしましょう。

ともかく、聞いてください。
ぼくの一番ハマっている、チェリビダッケ×ミュンヘン・フィル/コール・ミュンヘンです。



えっと、息、すごいです。

2015年3月2日月曜日

Miserere mei, Deus - G.Allegri

宗教曲の紹介に入っていく。

今日は1600年代前半の曲を。

この曲で感動させることができる合唱団は
超越的だと思う。


この曲は、システィナ礼拝堂というローマの教会だけで
歌い継がれてきた。

この曲をこの教会の外部で歌うことや、楽譜に書き起こすことは、
長い間禁じられていた。


これを破ったのが、モーツァルトであったという。
あるときローマに言ったモーツァルト少年は、この曲を教会で1度耳にすると、
その記憶を頼りに、この楽曲のすべてを採譜してしまった。
この楽譜は、モーツァルト少年の旅の途上で、あるイギリス人歴史家の手に渡り、
1771年に出版されることとなる。

ここで禁制が解かれるのである。
モーツァルトの伝説を紹介したいがために、
この曲を紹介した。

12声あるからね、むずかしいね。
覚えるのが難しい。
曲として振れと言われれば振れるけど、今なん回目だっけ、ってなる予感もする。


前半はドキュメンタリィなので、16:20から見れるようにしてある、つもりです。
前半もみても面白いよ。きっと。

2015年3月1日日曜日

Stabat Mater - G.B.Pelgoresi

一昨日はモーツァルト最後の作品を歌っていろいろ稀有な体験ができた。

今日はペルゴレージ最後の作品を紹介しようと思う。
結核に冒されたペルゴレージ、そのとき26歳である。

この作品も宗教曲。宗教曲の紹介はこのblogでははじめてだが、これからは積極的に紹介するかと思う。


これを演奏しているのは、テオルボ奏者のChristina Pluharが2000年から主宰するL'Arpeggiataというグループ。
最近はじめて聞いたが、追っていきたいと思う。


2015年2月28日土曜日

Berchtoldsgaden-Musik - E.Angerer attr. J.Haydn, M.Haydn, L.Mozart, W.A.Mozart

おもちゃの交響曲、です。

これまでいろんな作曲家によるとされてきたこの曲ですが、今はチロルの神父、Angererが作ったということが通説になっているようです。
人騒がせな作品だけれども、Angerer氏にとっては作品が生き残ったことはとても価値なのではないかな。しかも今やだいぶ有名となった作曲家、あるいはその父が作ったのではないか、と言われていたのだから。僕ならうれしいかな?


僕が知っているのは3:51あたりからですが、この曲ってこんな洗練された曲だっけ、という印象が強いですね。
さすがKoopmanという感じです。


2015年2月27日金曜日

12 Variationen über ein französisches Lied "Ah, vous dirai-je, maman" KV265 - W.A.Mozart

初のチェンバロですぞ!
いままでこのblog、Mozartを紹介さえしていなかったのか。。。。

きらきら星変奏曲ですね。
解説はいらんでしょう。

チェンバロの音色をお愉しみください。
演奏はRafael Puyana.
僕の好きなHogwoodの師匠。(もう一人の師匠はLeonhardtと、なんて贅沢な……去年までの三年で、この三人は亡くなってしまった。ほんとうにおしい。)

2015年2月26日木曜日

Souvenir de Moscou, Op.6 - H.Wieniawski

(昨日の投稿から続いている)
一方で、こういう曲の演奏はFrancescattiに勝るものはないだろう。
これもまぁ変奏曲ですね。
モスクワの思い出。

今練習中。この録音、とても参考にしています。


2015年2月25日水曜日

Sonate für Klavier und Violine, Nr. 9, Op.47 - L.v.Beethoven

以前ヤナーチェクを紹介したのもあって、
これも紹介しようと思う。

ベートーヴェン『クロイツェル』である。

この曲の録音はこれしかないだろうと思っている。
とにかく聞いてください。
二楽章が一番好き。変奏だからだろうかw

ちなみに世の中には二種類のハイフェッツ病があって、
ひとつは自分の実力に絶望するもの、
もうひとつはハイフェッツをヴァイオリン界の代表として紹介したくなることだ。

前者に罹患していないことを幸運と思う。


2015年2月24日火曜日

Einem Concerto nach Italiaenischen Gusto, BWV971 - J.S.Bach

今日はふたつの音源を紹介。
本当は前者だけを紹介して終わりたかったのだが、全曲紹介しないのも作曲者に失礼でしょうからね。

以下は、イタリア協奏曲の3楽章のふたつの録音である。前半は、1959年録音、後半は、1981年録音の、どちらもGouldの音源である。
なにはともあれ、聞いてほしい。





僕はこの円熟に深く感銘を受けた。
若さに対しての熟練というのをまさに地で行っていて、どちらもすごい。
前半の「これだけのことが可能である」という示威にも似た演奏も後半の円熟味を増していると思う。

1981年の演奏はほとんど出回っていないのが残念である。
SONYにはもっと頑張って欲しい。


全曲を紹介しておく。
僕はこの曲についてはBrendelを信じているので、それを紹介しようと思う。


2015年2月23日月曜日

String quartet No.1 - L.Janáček

弦楽四重奏曲をもう一つ紹介する。
この表題は「クロイツェル・ソナタ」である。

この楽曲の成立には2つの要素が必要だった。
ベートーヴェンがヴァイオリニストのルドルフ・クロイツェルに捧げるため、
ヴァイオリン・ソナタ9番『クロイツェル』をつくる、ということ。
それに感動したトルストイが『クロイツェル・ソナタ』という小説を書くこと。
ヤナーチェクがその小説に感動して室内楽曲を書いたのだ。

ちなみに僕はトルストイのクロイツェル・ソナタのドロドロっぷりは苦手です……
っていうかロシア文学全体的に苦手なんだよな………何なんだ一体あの暗さは……

曲自体、面白いと思う。
時間がない&疲れているので今日はこれでしつれい(だんだん雑になっている)

2015年2月22日日曜日

String Quartet No.13 in G major, Op.106 - A.Dvořák

昨日の慟哭の音楽に対するとしたらそれは、自分の感情というところを超越した、優しい祈り、といったものだろう。
Dvořákの弦楽四重奏13番には、それが感じられる(ような気がする)。

この作曲の年、Dvořákは、初恋の相手であり、義姉であるヨゼフィーナ・チェルマーコヴァを亡くした(ちょうどこの失恋から30年の年でもある。この失恋を元に曲も幾つか書いているので、Dvořákにとっては結構重要な出来事だったといえるだろう)。
また、アメリカにいることが(精神的・金銭的に)覚束なくなり、チェコ・ボヘミアに帰還して来た年でもある。
Dvořákはその後、ずっとボヘミアで過ごすことになる。

4楽章が本番なので、最後まで楽しんでほしい。
昔が懐かしくなる音楽であること請け合いである。
最後まで聞くと、昨日のメンデルスゾーンとは本当に対照的に感じられるだろう。


2015年2月21日土曜日

Streichquartett Nr.6 f-moll Op.80 - F.Mendelssohn

慟哭!
この曲のためにあるような言葉だ。
この曲、Felix Mendelssohnの泣き声だ、と僕は思っている。
僕らもそれに釣られて泣けるわけだが、その「泣き」とは、感動して泣くというよりは、ああ、苦しいよな、わかる、という感じのものだ。

Mendelssohnの曲としては本当に珍しく(と僕は思っている)、旋律1+その他3の構成で書かれている。
曲想に関しては……あの貴族出身の優柔不断で(長調か短調か迷い続けて長調にした挙句、人のアドバイスを受けて短調に戻し、それを思い直して長調に戻すも一部だけ短調を残してみる、みたいなことをやっていたりする)優美な曲を作ることで有名な(若干disり気味)Mendelssohnが、ここまで悲劇的な構想の曲を書くとは……という感じである。
執拗に繰り返される音形の中に歌い上げられる旋律には鳥肌が立つ。


この作品は、Felix Mendelssohn 38歳、最晩年のものである。
この年、Felixは、最愛の姉Fannyを亡くしている。
このFannyはFelixにとって最大のライバルであり、助言者であった。
Fannyを亡くしてから2ヶ月後、最初に取り組んだのが、この弦楽四重奏6番の作曲であった。
この曲の完成からさらに2ヶ月後、Felixも亡くなることになる。
この二人の死因は、どちらも脳卒中であった。


室内楽の楽曲というのは、本当に良い録音がない。(気に入るものが少ない)。
いくつかの音源を持ってはいるが、はじめから終わりまで満足させてくれるものは少ない。
大体はじめで「違うなぁ」ってなってしまうのだけれど。
この録音はそういうなかで大分、というかもっとも良いのではないかと思う。
探すのはちょっと大変でした。

それでは、第六回国際ヨーゼフ・ヨアヒム室内楽コンペから、第二位のDudok Kwartetの演奏をおたのしみください。


2015年2月20日金曜日

Cello Concerto No.9 in B-flat major, G.482 - L.Boccherini

Boccheriniという作曲家、ご存知だろうか。
今日紹介するのは、このボッケリーニのチェロ協奏曲9番である。
Casalsの古い録音で、2楽章の楽譜が発見される前なので、2楽章は、協奏曲7番のものである。

チェロ協奏曲の魅力は、チェロにとってのハイポジション、高音部である。
ここをどれだけ聞かせることができるか、というのがチェリストの評価を大きく左右するのではないだろうか。

昨日と今日で、チェロ協奏曲といえば、という二曲を紹介した。

ところで、Boccheriniは、昨日のHaydnと同時代の人であるが、スペインで活動していたので、あまり接点はなかっただろう。
Boccherini自身はチェロ奏者で、それもあってか、この時代の音楽としては珍しく低音が豊かに動く音楽を作る印象がある。

昔は、ほとんど作曲者は演奏者でもあったのだが、とくに弦楽器の凄腕という作曲家もたまにいる。たとえばPaganini、 Saint-Saëns、Laro、Dvořákなど……。それらの人々が作る音楽は、弦楽器への愛が感じられるような気がして、好きなのだ。このBoccheriniもしかりである。


2015年2月19日木曜日

Cellokonzert Nr.1 in C-Dur Hob. VIIb:1 - J.Haydn

今日紹介するのは、協奏曲です。
Haydnのチェロ協奏曲。
僕が以前友人に紹介した時は、Yo-Yo Maのものを紹介したけれども、今回はJaqueline du Pré.
ちなみにこの二人、使用している楽器は同じである。
Jaquelineの死後にMaが使っている。
ストラディヴァリウス・ダヴィドフ。

Jaquelineは26歳で多発性硬化症を発症し、28歳でやむをえず演奏活動から身を退いたのだが、そのことをかんがえると、自分のことを鑑みるなどして嘆息が漏れる。
うう。


この曲、とてもドキドキする。
チェロ協奏曲という種類の楽曲は、情熱的、情緒的、こう、心が揺れ動くものが多いと僕は思う。
もっとも好きなジャンルの一つなのである。

その中でもこのHaydn一番は、特筆すべき楽曲だと思う。
明日もチェロ協奏曲を紹介するんじゃ。


2015年2月18日水曜日

Variations chromatiques de concert - G.Bizet

演奏会用半音階的変奏曲、である。
なんて格好いい名前なんだ。

今日紹介するのも、Glenn Gouldの演奏なのだけれども、
Gouldで変奏曲って言ったらこれじゃないんですよ。
Gouldが有名にした変奏曲はあれでしょ、あれ。
っていう突っ込みは絶対ある。

でもこの曲も好きなんだ、仕方ないでしょう。
後日そっちに関しては紹介するからネ……(多分そっちは好きすぎて文が長大になるのだ)。

Bizetという作曲家は、まぁCarmenで有名ですよね。っていうかそれ以外の曲知ってます?
この人も活動が1800年代後半(最近だ)なので、全然わからんのだよねー。

これを機会にもっと1800年代後半以降も親しみたいものですな。

この曲も、ピアノトリオのオネイサンに紹介してもらった、というかこの録音をもらったもので、
あのBizetがこういう曲を作曲するとは意外だったので(当時アルルの女とカルメンしか知らなかった)、これまた新鮮に聞いた覚えがある。
でも、あのCDのメインはGriegなので、そっちもいつか紹介したい。


さて、本題。
「半音階的変奏曲」。

主題は、上行と下行の半音階各12音と、それぞれ6音の終止用の旋律だけで、つまり、36音の単純な旋律からなっているのだ。
変奏曲は、主題という制限がある。主題が単純なものであればあるほど、主題と変奏とのコントラストが際立つ、ように思う。

変奏曲は、主題をつねに意識して追い続けることで面白さが生まれると思う。
いま、どこが主題かを意識しながら聞いてみてもらえると嬉しい。
今日も短め。
ついに本題のほうが短くなってきた。



2015年2月17日火曜日

Enigma Variations, Op.36 - E.Elgar

変奏曲!
僕は変奏曲大好き人間である。

古来、変奏曲というのは音楽家の才能をはかる上で重要なものであった。
モーツァルト、ベートーヴェンなどは、与えられた主題に対して即興で変奏をつけていく、というようなことを演奏・作曲家として生業にしていたことすらある。
つまり、変奏曲に感動する、というのはけっこうプリミティブな衝動のようなものなのではないだろうか。

今日取り上げるのは、比較的新しめの曲で、『謎』という表題がついている。
最近の作曲家(1800年代後半だ)なので、僕はほとんどこの作曲家について知らない。
そもそもこの曲を知ったのは、暗号機械について調べていた時だった。
当時のElgarについての僕の認識は、「威風堂々の人」であり、この曲によってElgarすげー、となったものだった。

今日紹介するのは、BBC交響楽団 / Jirí Bělohlávek指揮 の演奏である。
最高ではないかもしれないが、好きな録音である。
とくには、音の強弱を含めた表現が効果的に行われているところが良いと思う。
テンポは平均的だが、Elgar自身が振った演奏よりは遅い。
作曲自身の演奏というのは、大体良い結果を生まないものだが(とくにラフマニノフ←)、Elgarが振った演奏はなかなかだと思う(今回は紹介しない)。
これまた紹介しないが、Colin Davis, Leonard Bernsteinなどの録音も良い。
両者は特にテンポにおいて両極端の解釈をしており、全曲の終了までに10分以上の差がある。

各変奏には名前が与えられており、それが与えられた人物自身のことも詳しくわかっている。
それらを思いながら聞くのも良いかもしれない。

2015年2月16日月曜日

Intermezzo Op.118-2 - J.Brahms

Glenn Gouldを紹介されたのは、いまから何年前になるだろうか。
7年前、くらいかな。
今はなくなったが、当時一緒にピアノ・トリオをやっていたおねえさんに紹介してもらった。
プレゼントに彼の演奏したCDをいただいたこともあった。

Gouldは僕がハマったはじめてのピアノストかもしれない。
(計画的にGould沼(?)に引きずり込まれた可能性もある)
これからいろいろな曲を紹介していくと思うが、その紹介の中にもちょくちょく出てくるだろう。


このブラームスの曲を初めて知ったのは、実はクラシック音楽の文脈ではなかった。
ぬるてまさん(この作品で知った。身につまされる……)の短い動画
http://nurutema.fdempa.com/movie/nuru_15sec.html
で出てくるこの曲、いい曲っぽそう……曲名も表示されているしいっちょ聞くか、と言って聞いたのがこの曲だったのだ。
泣ける曲だと思うんだよね。


ところでこの曲は、Brahms後期の作品で、Clara Schumannに捧げられたという。
ClaraはもちろんRobertと関係があり、妻である。
Brahmsがこの女性とどういう仲だったのか、については判断材料が乏しいが、JohannesとClaraが恋愛関係にあったというストーリィはまことしやか語られている。

僕が思うのは、音楽を贈られるほどの演奏、というのがそこにはあったのだろうということ。
当時蓄音器が発明されていなかったことはほんとうに残念だと思う。
ぜひClaraの演奏を聞いてみたかった。


また、晩年のピアノ小品成立背景にはブラームスの親密な友人で弟子だったElisabet von Stockhausen(von Herzogenberg)の死も関わっていると考えられており、僕がこの曲で亡くなった人を偲ぶことは曲と合っているような気がする。

この曲、5つほどの演奏を聞いてみたことがあるが、僕はGouldのこの演奏が一番好きだ。
というわけでよければ聞いてみてください。





一日一曲、の連載をはじめます。

友人とはなしているとき、ふと一日一曲紹介するという企画を思いついた。

三日坊主になることはまぁ織り込み済みだが、投稿を短くするなどして善処したい。


紹介した曲リストは以下
https://docs.google.com/spreadsheets/d/152XRYX9htV_ovhDycaBFEkZy_CiuaENAyJQa8pwKDpY/edit?usp=sharing