2015年2月28日土曜日

Berchtoldsgaden-Musik - E.Angerer attr. J.Haydn, M.Haydn, L.Mozart, W.A.Mozart

おもちゃの交響曲、です。

これまでいろんな作曲家によるとされてきたこの曲ですが、今はチロルの神父、Angererが作ったということが通説になっているようです。
人騒がせな作品だけれども、Angerer氏にとっては作品が生き残ったことはとても価値なのではないかな。しかも今やだいぶ有名となった作曲家、あるいはその父が作ったのではないか、と言われていたのだから。僕ならうれしいかな?


僕が知っているのは3:51あたりからですが、この曲ってこんな洗練された曲だっけ、という印象が強いですね。
さすがKoopmanという感じです。


2015年2月27日金曜日

12 Variationen über ein französisches Lied "Ah, vous dirai-je, maman" KV265 - W.A.Mozart

初のチェンバロですぞ!
いままでこのblog、Mozartを紹介さえしていなかったのか。。。。

きらきら星変奏曲ですね。
解説はいらんでしょう。

チェンバロの音色をお愉しみください。
演奏はRafael Puyana.
僕の好きなHogwoodの師匠。(もう一人の師匠はLeonhardtと、なんて贅沢な……去年までの三年で、この三人は亡くなってしまった。ほんとうにおしい。)

2015年2月26日木曜日

Souvenir de Moscou, Op.6 - H.Wieniawski

(昨日の投稿から続いている)
一方で、こういう曲の演奏はFrancescattiに勝るものはないだろう。
これもまぁ変奏曲ですね。
モスクワの思い出。

今練習中。この録音、とても参考にしています。


2015年2月25日水曜日

Sonate für Klavier und Violine, Nr. 9, Op.47 - L.v.Beethoven

以前ヤナーチェクを紹介したのもあって、
これも紹介しようと思う。

ベートーヴェン『クロイツェル』である。

この曲の録音はこれしかないだろうと思っている。
とにかく聞いてください。
二楽章が一番好き。変奏だからだろうかw

ちなみに世の中には二種類のハイフェッツ病があって、
ひとつは自分の実力に絶望するもの、
もうひとつはハイフェッツをヴァイオリン界の代表として紹介したくなることだ。

前者に罹患していないことを幸運と思う。


2015年2月24日火曜日

Einem Concerto nach Italiaenischen Gusto, BWV971 - J.S.Bach

今日はふたつの音源を紹介。
本当は前者だけを紹介して終わりたかったのだが、全曲紹介しないのも作曲者に失礼でしょうからね。

以下は、イタリア協奏曲の3楽章のふたつの録音である。前半は、1959年録音、後半は、1981年録音の、どちらもGouldの音源である。
なにはともあれ、聞いてほしい。





僕はこの円熟に深く感銘を受けた。
若さに対しての熟練というのをまさに地で行っていて、どちらもすごい。
前半の「これだけのことが可能である」という示威にも似た演奏も後半の円熟味を増していると思う。

1981年の演奏はほとんど出回っていないのが残念である。
SONYにはもっと頑張って欲しい。


全曲を紹介しておく。
僕はこの曲についてはBrendelを信じているので、それを紹介しようと思う。


2015年2月23日月曜日

String quartet No.1 - L.Janáček

弦楽四重奏曲をもう一つ紹介する。
この表題は「クロイツェル・ソナタ」である。

この楽曲の成立には2つの要素が必要だった。
ベートーヴェンがヴァイオリニストのルドルフ・クロイツェルに捧げるため、
ヴァイオリン・ソナタ9番『クロイツェル』をつくる、ということ。
それに感動したトルストイが『クロイツェル・ソナタ』という小説を書くこと。
ヤナーチェクがその小説に感動して室内楽曲を書いたのだ。

ちなみに僕はトルストイのクロイツェル・ソナタのドロドロっぷりは苦手です……
っていうかロシア文学全体的に苦手なんだよな………何なんだ一体あの暗さは……

曲自体、面白いと思う。
時間がない&疲れているので今日はこれでしつれい(だんだん雑になっている)

2015年2月22日日曜日

String Quartet No.13 in G major, Op.106 - A.Dvořák

昨日の慟哭の音楽に対するとしたらそれは、自分の感情というところを超越した、優しい祈り、といったものだろう。
Dvořákの弦楽四重奏13番には、それが感じられる(ような気がする)。

この作曲の年、Dvořákは、初恋の相手であり、義姉であるヨゼフィーナ・チェルマーコヴァを亡くした(ちょうどこの失恋から30年の年でもある。この失恋を元に曲も幾つか書いているので、Dvořákにとっては結構重要な出来事だったといえるだろう)。
また、アメリカにいることが(精神的・金銭的に)覚束なくなり、チェコ・ボヘミアに帰還して来た年でもある。
Dvořákはその後、ずっとボヘミアで過ごすことになる。

4楽章が本番なので、最後まで楽しんでほしい。
昔が懐かしくなる音楽であること請け合いである。
最後まで聞くと、昨日のメンデルスゾーンとは本当に対照的に感じられるだろう。


2015年2月21日土曜日

Streichquartett Nr.6 f-moll Op.80 - F.Mendelssohn

慟哭!
この曲のためにあるような言葉だ。
この曲、Felix Mendelssohnの泣き声だ、と僕は思っている。
僕らもそれに釣られて泣けるわけだが、その「泣き」とは、感動して泣くというよりは、ああ、苦しいよな、わかる、という感じのものだ。

Mendelssohnの曲としては本当に珍しく(と僕は思っている)、旋律1+その他3の構成で書かれている。
曲想に関しては……あの貴族出身の優柔不断で(長調か短調か迷い続けて長調にした挙句、人のアドバイスを受けて短調に戻し、それを思い直して長調に戻すも一部だけ短調を残してみる、みたいなことをやっていたりする)優美な曲を作ることで有名な(若干disり気味)Mendelssohnが、ここまで悲劇的な構想の曲を書くとは……という感じである。
執拗に繰り返される音形の中に歌い上げられる旋律には鳥肌が立つ。


この作品は、Felix Mendelssohn 38歳、最晩年のものである。
この年、Felixは、最愛の姉Fannyを亡くしている。
このFannyはFelixにとって最大のライバルであり、助言者であった。
Fannyを亡くしてから2ヶ月後、最初に取り組んだのが、この弦楽四重奏6番の作曲であった。
この曲の完成からさらに2ヶ月後、Felixも亡くなることになる。
この二人の死因は、どちらも脳卒中であった。


室内楽の楽曲というのは、本当に良い録音がない。(気に入るものが少ない)。
いくつかの音源を持ってはいるが、はじめから終わりまで満足させてくれるものは少ない。
大体はじめで「違うなぁ」ってなってしまうのだけれど。
この録音はそういうなかで大分、というかもっとも良いのではないかと思う。
探すのはちょっと大変でした。

それでは、第六回国際ヨーゼフ・ヨアヒム室内楽コンペから、第二位のDudok Kwartetの演奏をおたのしみください。


2015年2月20日金曜日

Cello Concerto No.9 in B-flat major, G.482 - L.Boccherini

Boccheriniという作曲家、ご存知だろうか。
今日紹介するのは、このボッケリーニのチェロ協奏曲9番である。
Casalsの古い録音で、2楽章の楽譜が発見される前なので、2楽章は、協奏曲7番のものである。

チェロ協奏曲の魅力は、チェロにとってのハイポジション、高音部である。
ここをどれだけ聞かせることができるか、というのがチェリストの評価を大きく左右するのではないだろうか。

昨日と今日で、チェロ協奏曲といえば、という二曲を紹介した。

ところで、Boccheriniは、昨日のHaydnと同時代の人であるが、スペインで活動していたので、あまり接点はなかっただろう。
Boccherini自身はチェロ奏者で、それもあってか、この時代の音楽としては珍しく低音が豊かに動く音楽を作る印象がある。

昔は、ほとんど作曲者は演奏者でもあったのだが、とくに弦楽器の凄腕という作曲家もたまにいる。たとえばPaganini、 Saint-Saëns、Laro、Dvořákなど……。それらの人々が作る音楽は、弦楽器への愛が感じられるような気がして、好きなのだ。このBoccheriniもしかりである。


2015年2月19日木曜日

Cellokonzert Nr.1 in C-Dur Hob. VIIb:1 - J.Haydn

今日紹介するのは、協奏曲です。
Haydnのチェロ協奏曲。
僕が以前友人に紹介した時は、Yo-Yo Maのものを紹介したけれども、今回はJaqueline du Pré.
ちなみにこの二人、使用している楽器は同じである。
Jaquelineの死後にMaが使っている。
ストラディヴァリウス・ダヴィドフ。

Jaquelineは26歳で多発性硬化症を発症し、28歳でやむをえず演奏活動から身を退いたのだが、そのことをかんがえると、自分のことを鑑みるなどして嘆息が漏れる。
うう。


この曲、とてもドキドキする。
チェロ協奏曲という種類の楽曲は、情熱的、情緒的、こう、心が揺れ動くものが多いと僕は思う。
もっとも好きなジャンルの一つなのである。

その中でもこのHaydn一番は、特筆すべき楽曲だと思う。
明日もチェロ協奏曲を紹介するんじゃ。


2015年2月18日水曜日

Variations chromatiques de concert - G.Bizet

演奏会用半音階的変奏曲、である。
なんて格好いい名前なんだ。

今日紹介するのも、Glenn Gouldの演奏なのだけれども、
Gouldで変奏曲って言ったらこれじゃないんですよ。
Gouldが有名にした変奏曲はあれでしょ、あれ。
っていう突っ込みは絶対ある。

でもこの曲も好きなんだ、仕方ないでしょう。
後日そっちに関しては紹介するからネ……(多分そっちは好きすぎて文が長大になるのだ)。

Bizetという作曲家は、まぁCarmenで有名ですよね。っていうかそれ以外の曲知ってます?
この人も活動が1800年代後半(最近だ)なので、全然わからんのだよねー。

これを機会にもっと1800年代後半以降も親しみたいものですな。

この曲も、ピアノトリオのオネイサンに紹介してもらった、というかこの録音をもらったもので、
あのBizetがこういう曲を作曲するとは意外だったので(当時アルルの女とカルメンしか知らなかった)、これまた新鮮に聞いた覚えがある。
でも、あのCDのメインはGriegなので、そっちもいつか紹介したい。


さて、本題。
「半音階的変奏曲」。

主題は、上行と下行の半音階各12音と、それぞれ6音の終止用の旋律だけで、つまり、36音の単純な旋律からなっているのだ。
変奏曲は、主題という制限がある。主題が単純なものであればあるほど、主題と変奏とのコントラストが際立つ、ように思う。

変奏曲は、主題をつねに意識して追い続けることで面白さが生まれると思う。
いま、どこが主題かを意識しながら聞いてみてもらえると嬉しい。
今日も短め。
ついに本題のほうが短くなってきた。



2015年2月17日火曜日

Enigma Variations, Op.36 - E.Elgar

変奏曲!
僕は変奏曲大好き人間である。

古来、変奏曲というのは音楽家の才能をはかる上で重要なものであった。
モーツァルト、ベートーヴェンなどは、与えられた主題に対して即興で変奏をつけていく、というようなことを演奏・作曲家として生業にしていたことすらある。
つまり、変奏曲に感動する、というのはけっこうプリミティブな衝動のようなものなのではないだろうか。

今日取り上げるのは、比較的新しめの曲で、『謎』という表題がついている。
最近の作曲家(1800年代後半だ)なので、僕はほとんどこの作曲家について知らない。
そもそもこの曲を知ったのは、暗号機械について調べていた時だった。
当時のElgarについての僕の認識は、「威風堂々の人」であり、この曲によってElgarすげー、となったものだった。

今日紹介するのは、BBC交響楽団 / Jirí Bělohlávek指揮 の演奏である。
最高ではないかもしれないが、好きな録音である。
とくには、音の強弱を含めた表現が効果的に行われているところが良いと思う。
テンポは平均的だが、Elgar自身が振った演奏よりは遅い。
作曲自身の演奏というのは、大体良い結果を生まないものだが(とくにラフマニノフ←)、Elgarが振った演奏はなかなかだと思う(今回は紹介しない)。
これまた紹介しないが、Colin Davis, Leonard Bernsteinなどの録音も良い。
両者は特にテンポにおいて両極端の解釈をしており、全曲の終了までに10分以上の差がある。

各変奏には名前が与えられており、それが与えられた人物自身のことも詳しくわかっている。
それらを思いながら聞くのも良いかもしれない。

2015年2月16日月曜日

Intermezzo Op.118-2 - J.Brahms

Glenn Gouldを紹介されたのは、いまから何年前になるだろうか。
7年前、くらいかな。
今はなくなったが、当時一緒にピアノ・トリオをやっていたおねえさんに紹介してもらった。
プレゼントに彼の演奏したCDをいただいたこともあった。

Gouldは僕がハマったはじめてのピアノストかもしれない。
(計画的にGould沼(?)に引きずり込まれた可能性もある)
これからいろいろな曲を紹介していくと思うが、その紹介の中にもちょくちょく出てくるだろう。


このブラームスの曲を初めて知ったのは、実はクラシック音楽の文脈ではなかった。
ぬるてまさん(この作品で知った。身につまされる……)の短い動画
http://nurutema.fdempa.com/movie/nuru_15sec.html
で出てくるこの曲、いい曲っぽそう……曲名も表示されているしいっちょ聞くか、と言って聞いたのがこの曲だったのだ。
泣ける曲だと思うんだよね。


ところでこの曲は、Brahms後期の作品で、Clara Schumannに捧げられたという。
ClaraはもちろんRobertと関係があり、妻である。
Brahmsがこの女性とどういう仲だったのか、については判断材料が乏しいが、JohannesとClaraが恋愛関係にあったというストーリィはまことしやか語られている。

僕が思うのは、音楽を贈られるほどの演奏、というのがそこにはあったのだろうということ。
当時蓄音器が発明されていなかったことはほんとうに残念だと思う。
ぜひClaraの演奏を聞いてみたかった。


また、晩年のピアノ小品成立背景にはブラームスの親密な友人で弟子だったElisabet von Stockhausen(von Herzogenberg)の死も関わっていると考えられており、僕がこの曲で亡くなった人を偲ぶことは曲と合っているような気がする。

この曲、5つほどの演奏を聞いてみたことがあるが、僕はGouldのこの演奏が一番好きだ。
というわけでよければ聞いてみてください。





一日一曲、の連載をはじめます。

友人とはなしているとき、ふと一日一曲紹介するという企画を思いついた。

三日坊主になることはまぁ織り込み済みだが、投稿を短くするなどして善処したい。


紹介した曲リストは以下
https://docs.google.com/spreadsheets/d/152XRYX9htV_ovhDycaBFEkZy_CiuaENAyJQa8pwKDpY/edit?usp=sharing