2015年3月31日火曜日

Markus-Passion, BWV247, J.S.Bach, Reconstructed

BWV248まで行くとクリスマスになってしまうんでね、とりあえずこれでシリーズはおしまいです。

マルコ受難曲。
存在は確認されているけれども、全貌は発見されておらず、不明です。

この演奏はTon Koopmanが振っています。


2015年3月30日月曜日

Lukas-Passion, BWV246 - Anon. attr. J.S.Bach

いやーほんと受難続きですね―。
(そろそろわかってきたと思いますがもうちょっとだけ続くんじゃ

バッハ作とされてきて、旧バッハ全集には掲載された
この作品ですが、いまではバッハ作とはされておらず、
誰の作品かは宙ぶらりん状態です。

自筆譜はあり、演奏されただろうことは確かなのですが、
本人作ではなく、誰かの作品を演奏のために
写譜したのだろう、と近年は考えられています。

一部にはバッハのメロディが加えられています。


2015年3月29日日曜日

Johannes-Passion, BWV245 - J.S.Bach

受難続きです。
このノリントンの新しい演奏は本当に面白いと思います。
僕の知っている録音中では最速で終わります。

2015年3月28日土曜日

Matthäus-Passion, BWV 244 - J.S.Bach

僕の最も好きな曲です。(復活祭の4/5が待てなかった)

ぼくにとってもっとも良い演奏は、
2012年のサントリーホールでの、ビラー指揮の演奏(2008年はクソ)と、
1997年の武蔵野市民文化会館での、ヘルマン指揮・マタイ研究会の最終公演(音楽監督・井形氏の追悼公演)。
後者は僕がはじめてマタイを聞いた機会であり、
つまり出会いがもっともよい演奏だったのだ。

ビラーの演奏は、この動画でその片鱗を知ることができる。


昨日わざわざメンデルスゾーンにしたのは、
この曲を「再発見」したのがメンデルスゾーンだからなのだけれど、
なんか書き始めたらそんなことすっかり忘れてました(追記


さて、今日の動画なんですけれど、
埋め込みが禁止されている上に
政治的(と僕が思える)メッセージにあふれているので
気分を悪くする方もいらっしゃると思います。
演奏自体は良いです。
例によってKuijkenです。
Kuijkenは楽器でなく振るほうが向いていると思います。
https://www.youtube.com/watch?v=woZwsmIRVnA

2015年3月26日木曜日

2. Klaviertrio - F.Mendelssohn

メンデルスゾーンのピアノトリオ2番。
この曲やろうと思って録音探しているんですけれども、
いいものがなかなかない。

いいなと思ったのは
オイストラフトリオか、ヨーヨーマのトリオかと言う感じ。

でも、それを差し置いて最も良さげだと思ったのが
以下のやつです。
やっぱりピリオド楽器が好きなんだなーーー←



2015年3月25日水曜日

Messiah - G.F.Handel

演奏は、Les Arts Florissants。
会場は、初演の場であったダブリン。
すみからすみまで、魅力的な演奏です。


2015年3月21日土曜日

Sumer Is Icumen In - Anonymous

また埋め込みができないのです。
サイトに移動して見てね。
「夏は来たりぬ」


13世紀中期~後期のイギリス音楽の生き残り。
以下歌詞です。
それまで5度を重ねていた音楽に対して、
3度を重ね始めたのである。

以下、楽譜と歌詞である。
いくつかの歌詞が重ねられて歌われる。
それはたとえば以下のようなものである。
中世英語だけれど、内容は想像つくだろうか。

1.
Sumer is icumen in,
Lhude sing cuccu!
Groweþ sed and bloweþ med
And springþ þe wde nu,
Sing cuccu!
Awe bleteþ after lomb,
Lhouþ after calue cu.
Bulluc sterteþ, bucke uerteþ,
Murie sing cuccu!
Cuccu, cuccu, wel singes þu cuccu;
Ne swik þu nauer nu.

2.
Sing cuccu nu. Sing cuccu.
Sing cuccu. Sing cuccu nu!



聞いてみましょう。
「カエルの歌」!(え
https://youtu.be/sMCA9nYnLWo

2015年3月20日金曜日

L'Orfeo - C.Monteverdi

昨日に引き続き、モンテヴェルディです。
最初期のオペラ、「オルフェオ」ですヨ。
昨日とはじまりが同じだヨ!

オルフェオの物語は、日本神話で言う
イザナギとイザナミの物語の振り向くあれに
近いですね。
でももっと喜劇です。

指揮者も同じだよ!

2015年3月19日木曜日

VESPRO della Beata Vergina - C.Monteverdi

聖母マリアの夕べの祈り。

モンテヴェルディは、バロック最初期の作曲家で、
耽美的なルネサンスから、よりドラマチックな感情表現への
道を切り開いた作曲家である。

モンテヴェルディによってその後のバロック音楽の行く先が
決定づけられたと言っても過言ではないかもしれない。

ルネサンス音楽っぽい音楽と、
バロックらしい音楽のパートがあるので、それぞれ対比させて
楽しむのも面白いかもしれない。

指揮は、Jordi Savall。

2015年3月18日水曜日

Messe in H-Moll, BWV 232 - J.S.Bach

ロ短調ミサです。
わたしが二番目に良いと思っている録音を紹介するぞよ。
冒頭六曲だけみたい。
こんど一番の録音も紹介します。


2015年3月17日火曜日

Suite en ré majeur, TWV 55 D:18, G.P.Telemann

ヘンデルやバッハと親交が深かったテレマン。この人の曲も、僕は好きです。
この時代、もっともひろく音楽を理解していた人物のひとりではなかったか。

テレマン、早いのも遅いのもよろしくてとても好き。

演奏しているのは、ベルリン古楽アカデミー。
ついでに言うと、聞き所はバロックトランペット。

Concerto per Due Trombe, archi e basso continuo in Re maggiore, F.Manfredini

ちょっとだけバロックトランペットにはまってるんですよ。
というわけで、そういう曲をご紹介。
イタリアバロックですよ!


2015年3月15日日曜日

Mass for Four voices - W.Byrd

古いイギリス音楽も良いもので、
これはウィリアム・バードの作品。
あとちょっぴりおまけも付いとるぞよ。

タリス・スコラーズの演奏をおたのしみください。

2015年3月14日土曜日

Requiem in c - L.Cherubini

ケルビーニのレクイエム。
ルイ16世の死に対してつくられた。

作られた当時の評判はものすごいものだった。

そういえば、2日前にマルティーニを紹介した。
マルティーニは、対位法の教科書を書いていて、そこに
謎かけをしていた。
その謎をすべて解いたのは、このケルビーニなんだよね。たしか。

ケルビーニは室内楽も面白いので紹介したい。

2015年3月13日金曜日

Symphony Nr.9 - L.v.Beethoven

第九!
ガーディナー!
第九!

えっと、終演まで1時間かかりません。
もっともベートーヴェンだと僕は思っているのですがどうでしょうか。


2015年3月12日木曜日

Sinfonia con 4 trombe - G.B.Martini

マルティーニは、モーツァルトの師匠で、この時代のすごいひとですね。
音楽理論を極めた人。

バロックトランペットのことを昨日とりあげたので、関連で。

こんな曲もあるのかということで、ここはひとつ(
もうちょっときっぱりしている演奏のほうがもしかしたら面白いかもしれないですね。

2015年3月11日水曜日

Song (In Memoriam Bengt Eklund) - F.Rydland

吹奏楽系には疎いので、
あまり紹介はしないと思うんだけれど、
こんな優しい曲を見つけてしまったので。

Bengt Eklundは、バロックトランペットで有名な
Niklas Eklundのお父さん。こちらもトランペット奏者でした。
2007年死去。


2015年3月10日火曜日

Konzert Nr.20 in d, KV446, W.A.Mozart

モーツァルトのピアノ協奏曲20番。
小学生の時から好きな曲だ。

ベートーヴェンは、1795年、25歳の3月31日に、ブルク劇場で
この曲を披露し、華々しくウィーンでのデビューを飾っている。

それで、今日の録音としては、ベートーヴェンによるカデンツァを
使っている、ゼルキンのものを選んでみた。
たまに声が入るけれど慣れてね。

この曲のカデンツァは、ブラームスも書いている。

いまでこそモーツァルトはその殆どの曲が知られているが、
19世紀後半までは、このピアノ協奏曲20番以外は
忘れられていたといってもよい。
モーツァルトの曲で唯一、時代を通して生き残りつづけた曲なのである。


2015年3月9日月曜日

Can vei la lauzeta - Bernart de Ventadorn

今日は一気に時代をさかのります。

12世紀の音楽。
ルネサンスのさらに前。中世ですね。

宮廷文化の中から、詩人や音楽家が生まれ、
それらは世俗音楽を作っていました。

この曲はオック語という、南フランスの古い言葉で歌われています。
これを作ったベルナルト・デ・ヴェンタドルンは、
オック語の歌い手であった。
オック語の歌い手のことを、トルバドゥールといいます。
この形式の音楽はやがて北フランスに広まり、
そこで北フランスの古い言語、オイル語の音楽が作られるようになりました。
その歌い手をトルヴェールといいます。

トルバドゥールの音楽は、そのほとんどが十字軍の蹂躙によって
破壊されてしまっています。
が、18点のみが楽譜として完全な形で残り、旋律が伝えられています。


さて、この歌は、こんな内容を歌っています。

     « Can vei la lauzeta mover ... »
     陽 の 光 を 浴 び て 雲 雀 が ......


   Can vei la lauzeta mover
   De joi sas alas contra’l rai,
   Que s’oblid’ e’s laissa chazer
   Per la doussor c’al cor li vai,
   Ai ! Tan grans enveya m’en ve
   De cui qu’eu veya jauzion !
   Meravilhas ai, car desse
   Lo cor de dezirer no’m fon

   陽の光を浴びて 雲雀が
   喜びのあまり羽ばたき舞い上がり、
   やがて心に広がる甘美の感覚に
   われを忘れて落ちる姿を見るとき、
   ああ ! どれほど羨ましく思えることか
   恋の喜びに耽る人びとの姿が !
   われながら訝(いぶか)しく思える、その一瞬
   渇望にこの胸がはり裂けぬは何故か

   Ailas ! Tan cuidava saber
   D’amor, e tan petit en sai,
   Car eu d’amar no’m posc tener
   Celeis don ja pro non aurai.
   Tout m’a mon cor, e tout m’a me,
   E se mezeis e tot lo mon;
   E can se’m tolc, no’m laisset re
   Mas dezirer e cor volon.

   ああ ! 愛に詳しい自分だと信じて
   いたのに、知らぬことの何と多かったことか、
   愛して甲斐のないひとを
   なお愛さずにはいられない。
   あのひとは 私の心を、私の存在を、
   あのひと自身を 全世界を取り上げて ──
   私から逃れ去る、あとに残したものは
   渇望と 恋に焦がれる心だけ。

   Anc non agui de me poder
   Ni no fui meus de l’or’ en sai
   Que’m laisset en sos olhs vezer
   En un miralh que mout me plai.
   Miralhs, pus me mirei en te,
   M’an mort li sospir de preon,
   C’aissi’m perdei com perdet se
   Lo bels Narcisus en la fon.

   もはや自分に何の力も持てなくなった
   自分でありながら自分ではなくなった
   私を惹きつける鏡 あの眼を
   あのひとが覗きこませた瞬間から。
   鏡よ、お前のなかに映る自分の姿を見て、
   深い溜め息が死を招きよせ、
   かくしてわが身は破滅
   美しいナルシスが泉で身を滅ぼしたように。

   De las domnas me dezesper;
   Ja mais en lor no’m fiarai;
   C’aissi com las solh chaptener,
   Enaissi las deschaptenrai.
   Pois vei c’una pro no m’en te
   Vas leis que’m destrui e’m cofon,
   Totas las dopt’ e las mescre,
   Car be sai c’atretals se son.

   ご婦人がたには絶望した ──
   もう二度と信じてなるものか ──
   かつて熱を上げていたその分だけ、
   冷たくあしらわずにはおくものか。
   私を破滅させ打ちのめしたひとを相手どり
   こちらの味方をしてくれる女は皆無、
   女はみな恐ろしい みな信じられぬ、
   知っているとも 女はみな似たり寄ったりだ。

   D’aisso’s fa be femna parer
   Ma domna, per qu’eu’lh’ o retrai,
   Car no vol so c’om voler,
   E so c’om li deveda, fai.
   Chazutz sui en mala merce,
   Et ai be faih co’l fols en pon;
   E no sai per que m’esdeve,
   Mas car trop puyei contra mon.

   わがマドンナも、その点では所詮は女人
   それゆえ私はあのかたを責め申す、
   なぜなら 望むべきではないことを望み、
   禁じられたことをやってのけられる。
   私は寵を失った 馬を下りずに橋を渡る、
   うつけ者さながらに振る舞った ──
   何故そうなったか自分にも分らぬ、
   あまりの高みに はいあがろうとしたためか。

   Merces es perduda, per ver,
   Et eu non o saubi anc mai,
   Car cilh qui plus en degr’aver,
   Non a ges, et on la querrai ?
   A ! Can mal sembla, qui la ve,
   Qued aquest chaitiu deziron
   Que ja ses leis non aura be,
   Laisse morrir, que no l’aon.

   まことに、情は失われていた、
   私には何も分かっていなかった、
   情のもっともあるひとにそのかけらもなく、
   さて一体、どこをどう探したものか ?
   ああ ! あのひとを見て誰が信じられよう、
   この哀れな恋い焦がれる男
   あのひとなしには救われぬこの男を、
   むざむざ、見殺しにするなどと。

   Pus ab midons no’m pot valer
   Precs ni merces ni’l dreihz qu’eu ai,
   Ni a leis no ven a plazer
   Qu’eu l’am, ja mais no’lh o dirai.
   Aissi’m part de leis e’m recre;
   Mort m’a, e per mort li respon,
   E vau m’en, pus ilh no’m rete,
   Chaitius, en issilh, no sai on.

   哀訴も空し 憐れみを乞うも 権利を言いたてるも
   わがマドンナには何の巧も奏さず、
   そもそも私の愛がお気にめさぬ以上は
   もう二度とあのひとには愛を口(くち)にすまい。
   それゆえ離れよう 愛を断とう ──
   死を望むからには、死をもってこたえる、
   引き留められぬからには、哀れな男は出よう、
   さすらいの旅、行方も、知れぬ旅に。

   Tristans, ges non auretz de me,
   Qu’eu m’en vau, chaitius, no sai on.
   De chantar me gic e’m recre,
   E de joi e d’amor m’escon.

   トリスタンよ、もう何も私から受け取りますまい
   哀れな男は出る、行方も、知れぬ旅に。
   歌はやめた 歌を諦めた、
   愛と喜びから身を隠すのみ。


恋のうたですね。
トリスタンというのは、あの「トリスタンとイゾルデ」のトリスタンで、
このものがたりも、この頃南仏でまとめられたといいます。
この歌があることによって、この新しい物語が、
この地域ですでに共通理解となっていたことがわかります。


2015年3月8日日曜日

Sonata Pour Piano et Violin en La majeur - C.Franck

フランクのヴァイオリン・ソナタです。

この曲は弾いたことこそないですが、
思い出深い曲です。

3つ思い出がありますが、どれも、
大切な友人が節目の時に
弾いていた、という思い出ですね。

イザイというヴァイオリニストの結婚式のため、
献呈された曲だそうですから、
そんな思い出も、きっと偶然ではないのでしょうね。

埋め込みができない動画のため、
youtubeで視聴していただければと思います。

ギトリスとアルゲリッチは、1998年の録音もありますが、
僕はこの1976年の録音が好きです。
https://www.youtube.com/embed/dIncTJ-vrpg

2015年3月7日土曜日

Arie auf G - J.S.Bach / arr. A.Wilhelmj

Jaques Thibaudを紹介したいがためのこの録音です。

G線上のアリア。きのう有名曲紹介したんでね。今日も有名曲と。

ヴァイオリニストにかぎらず、演奏家というのは、その技巧が
賞賛されることが多いですね。
しかも、すごく速く弾くとかそういうこと。
それもすごいことなのだけれども、技術というものの本質は、
音楽を表現するための手段である。
つまり、技術は従であって、音楽が主なわけです。

このG線上のアリアのような曲では、
その音楽をどうしたいか、ということが見られるわけですね。

演奏者としては、このような曲にこそ、緊張を強いられると思います。

2015年3月6日金曜日

Kanon und Gigue in D - J.Pachelbel

Kanon und Gigue in D-Dur für drei Violinen und Basso Continuo

日本人ミンナダイスキ カノンさんですよー!
こういう演奏は珍しく感じるのではないか、とおもって
共有しますが、
一般的な人々ってどのくらいパッヘルベルのカノン聞くんだろうね。


ところで、ジーグには田園的なにおいがまだまだ残っていてそれがよい。


2015年3月5日木曜日

CONCERTO in Sol minore, RV531 - A.Vivaldi

CONCERTO in Sol minore
per 2 Violoncelli, Archi e Cembalo

2つのチェロと通奏低音のための協奏曲。
ヴィヴァルディの曲で最高だと僕は思う。

動画にはふたつの録音が入っている。
同じグループのものだが、前半と後半でとても異なりおもしろい。

僕は前者のほうが好きだ。
バロックは疾走感があるべきだと思っている。


2015年3月4日水曜日

Agnus Dei - S.Barber

バーバーの「神の子羊」。

同時多発テロ以降、有名になったと思う。
いい曲なので聞いてください。(最近書くことがない

2015年3月3日火曜日

Requiem in d, KV626 - W.A.Mozart

モツレク!
言わずと知れた曲だと思います。

なので、ここは好きな録音をバーン!
と紹介して
終わりたいと思います。
この曲の細かいことはいずれ、別の機会にしましょう。

ともかく、聞いてください。
ぼくの一番ハマっている、チェリビダッケ×ミュンヘン・フィル/コール・ミュンヘンです。



えっと、息、すごいです。

2015年3月2日月曜日

Miserere mei, Deus - G.Allegri

宗教曲の紹介に入っていく。

今日は1600年代前半の曲を。

この曲で感動させることができる合唱団は
超越的だと思う。


この曲は、システィナ礼拝堂というローマの教会だけで
歌い継がれてきた。

この曲をこの教会の外部で歌うことや、楽譜に書き起こすことは、
長い間禁じられていた。


これを破ったのが、モーツァルトであったという。
あるときローマに言ったモーツァルト少年は、この曲を教会で1度耳にすると、
その記憶を頼りに、この楽曲のすべてを採譜してしまった。
この楽譜は、モーツァルト少年の旅の途上で、あるイギリス人歴史家の手に渡り、
1771年に出版されることとなる。

ここで禁制が解かれるのである。
モーツァルトの伝説を紹介したいがために、
この曲を紹介した。

12声あるからね、むずかしいね。
覚えるのが難しい。
曲として振れと言われれば振れるけど、今なん回目だっけ、ってなる予感もする。


前半はドキュメンタリィなので、16:20から見れるようにしてある、つもりです。
前半もみても面白いよ。きっと。

2015年3月1日日曜日

Stabat Mater - G.B.Pelgoresi

一昨日はモーツァルト最後の作品を歌っていろいろ稀有な体験ができた。

今日はペルゴレージ最後の作品を紹介しようと思う。
結核に冒されたペルゴレージ、そのとき26歳である。

この作品も宗教曲。宗教曲の紹介はこのblogでははじめてだが、これからは積極的に紹介するかと思う。


これを演奏しているのは、テオルボ奏者のChristina Pluharが2000年から主宰するL'Arpeggiataというグループ。
最近はじめて聞いたが、追っていきたいと思う。