今日は一気に時代をさかのります。
12世紀の音楽。
ルネサンスのさらに前。中世ですね。
宮廷文化の中から、詩人や音楽家が生まれ、
それらは世俗音楽を作っていました。
この曲はオック語という、南フランスの古い言葉で歌われています。
これを作ったベルナルト・デ・ヴェンタドルンは、
オック語の歌い手であった。
オック語の歌い手のことを、トルバドゥールといいます。
この形式の音楽はやがて北フランスに広まり、
そこで北フランスの古い言語、オイル語の音楽が作られるようになりました。
その歌い手をトルヴェールといいます。
トルバドゥールの音楽は、そのほとんどが十字軍の蹂躙によって
破壊されてしまっています。
が、18点のみが楽譜として完全な形で残り、旋律が伝えられています。
さて、この歌は、こんな内容を歌っています。
« Can vei la lauzeta mover ... »
陽 の 光 を 浴 び て 雲 雀 が ......
Can vei la lauzeta mover
De joi sas alas contra’l rai,
Que s’oblid’ e’s laissa chazer
Per la doussor c’al cor li vai,
Ai ! Tan grans enveya m’en ve
De cui qu’eu veya jauzion !
Meravilhas ai, car desse
Lo cor de dezirer no’m fon
陽の光を浴びて 雲雀が
喜びのあまり羽ばたき舞い上がり、
やがて心に広がる甘美の感覚に
われを忘れて落ちる姿を見るとき、
ああ ! どれほど羨ましく思えることか
恋の喜びに耽る人びとの姿が !
われながら訝(いぶか)しく思える、その一瞬
渇望にこの胸がはり裂けぬは何故か
Ailas ! Tan cuidava saber
D’amor, e tan petit en sai,
Car eu d’amar no’m posc tener
Celeis don ja pro non aurai.
Tout m’a mon cor, e tout m’a me,
E se mezeis e tot lo mon;
E can se’m tolc, no’m laisset re
Mas dezirer e cor volon.
ああ ! 愛に詳しい自分だと信じて
いたのに、知らぬことの何と多かったことか、
愛して甲斐のないひとを
なお愛さずにはいられない。
あのひとは 私の心を、私の存在を、
あのひと自身を 全世界を取り上げて ──
私から逃れ去る、あとに残したものは
渇望と 恋に焦がれる心だけ。
Anc non agui de me poder
Ni no fui meus de l’or’ en sai
Que’m laisset en sos olhs vezer
En un miralh que mout me plai.
Miralhs, pus me mirei en te,
M’an mort li sospir de preon,
C’aissi’m perdei com perdet se
Lo bels Narcisus en la fon.
もはや自分に何の力も持てなくなった
自分でありながら自分ではなくなった
私を惹きつける鏡 あの眼を
あのひとが覗きこませた瞬間から。
鏡よ、お前のなかに映る自分の姿を見て、
深い溜め息が死を招きよせ、
かくしてわが身は破滅
美しいナルシスが泉で身を滅ぼしたように。
De las domnas me dezesper;
Ja mais en lor no’m fiarai;
C’aissi com las solh chaptener,
Enaissi las deschaptenrai.
Pois vei c’una pro no m’en te
Vas leis que’m destrui e’m cofon,
Totas las dopt’ e las mescre,
Car be sai c’atretals se son.
ご婦人がたには絶望した ──
もう二度と信じてなるものか ──
かつて熱を上げていたその分だけ、
冷たくあしらわずにはおくものか。
私を破滅させ打ちのめしたひとを相手どり
こちらの味方をしてくれる女は皆無、
女はみな恐ろしい みな信じられぬ、
知っているとも 女はみな似たり寄ったりだ。
D’aisso’s fa be femna parer
Ma domna, per qu’eu’lh’ o retrai,
Car no vol so c’om voler,
E so c’om li deveda, fai.
Chazutz sui en mala merce,
Et ai be faih co’l fols en pon;
E no sai per que m’esdeve,
Mas car trop puyei contra mon.
わがマドンナも、その点では所詮は女人
それゆえ私はあのかたを責め申す、
なぜなら 望むべきではないことを望み、
禁じられたことをやってのけられる。
私は寵を失った 馬を下りずに橋を渡る、
うつけ者さながらに振る舞った ──
何故そうなったか自分にも分らぬ、
あまりの高みに はいあがろうとしたためか。
Merces es perduda, per ver,
Et eu non o saubi anc mai,
Car cilh qui plus en degr’aver,
Non a ges, et on la querrai ?
A ! Can mal sembla, qui la ve,
Qued aquest chaitiu deziron
Que ja ses leis non aura be,
Laisse morrir, que no l’aon.
まことに、情は失われていた、
私には何も分かっていなかった、
情のもっともあるひとにそのかけらもなく、
さて一体、どこをどう探したものか ?
ああ ! あのひとを見て誰が信じられよう、
この哀れな恋い焦がれる男
あのひとなしには救われぬこの男を、
むざむざ、見殺しにするなどと。
Pus ab midons no’m pot valer
Precs ni merces ni’l dreihz qu’eu ai,
Ni a leis no ven a plazer
Qu’eu l’am, ja mais no’lh o dirai.
Aissi’m part de leis e’m recre;
Mort m’a, e per mort li respon,
E vau m’en, pus ilh no’m rete,
Chaitius, en issilh, no sai on.
哀訴も空し 憐れみを乞うも 権利を言いたてるも
わがマドンナには何の巧も奏さず、
そもそも私の愛がお気にめさぬ以上は
もう二度とあのひとには愛を口(くち)にすまい。
それゆえ離れよう 愛を断とう ──
死を望むからには、死をもってこたえる、
引き留められぬからには、哀れな男は出よう、
さすらいの旅、行方も、知れぬ旅に。
Tristans, ges non auretz de me,
Qu’eu m’en vau, chaitius, no sai on.
De chantar me gic e’m recre,
E de joi e d’amor m’escon.
トリスタンよ、もう何も私から受け取りますまい
哀れな男は出る、行方も、知れぬ旅に。
歌はやめた 歌を諦めた、
愛と喜びから身を隠すのみ。
恋のうたですね。
トリスタンというのは、あの「トリスタンとイゾルデ」のトリスタンで、
このものがたりも、この頃南仏でまとめられたといいます。
この歌があることによって、この新しい物語が、
この地域ですでに共通理解となっていたことがわかります。
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